山田錦で地域を盛んに 代々続く酒米農家

クリニック周辺で頑張る人々の姿をインタビュー記事と写真で紹介する「地域の主役たち」。どのような思いやこだわりを持って取り組んでいるのかなどをお伝えしていきます。

日本酒の原料として名高い品種「山田錦」の名産地、福岡県朝倉市。古処馬見山地を源とする美しい水に恵まれたこの地域で、長年に渡り「山田錦」の栽培を手掛けている樋口静夫さんを訪ねました。

樋口さんは、酒米作りに適した豊かな地、三奈木で代々続く米農家。「生まれてからずっとお米作りをしよる」と笑う樋口さん。農業高校で学んだ後、家業を継ぎ、あそみのり・有明・ひのひかりなど様々な食用米の栽培を行っていました。その後、日本酒ブームが到来。地元の酒蔵から依頼を受け、米農家の未来を見据えて「山田錦」を生産するようになったといいます。

 

山田錦は背が高く、大きな粒が特徴。稲が伸びると倒れやすいため、肥料の加減など扱いが難しいと言われていますが、樋口さんが手掛ける山田錦は完全無肥料無農薬。「肥料あげすぎはだめ。人間も食べ過ぎたらぶくーっと太るのと一緒でね。何もしないで、水管理だけよ」。

とはいえ、山田錦における水管理は、極めて重要。稲の成長段階や気候により変動する水の状態を適切に保つため、毎日朝昼晩見まわりにいくほど徹底した管理を20年ほど続けています。

無肥料無農薬で栽培できるのは長年の経験と豊かな土壌があってこそ。樋口さんが手掛ける山田錦は、自然の恵みをたっぷり享受し、ふっくら大きく、ツヤツヤと輝きを放っています。

今では酒米の需要も高まり、年間2700俵ほどの山田錦を出荷しているそう。また米作りと併せて、精米工場も運営しており、地元の米農家が栽培したお米の乾燥や精米も担っています。

そんな樋口さん、2年ほど前から地元酒造と協力し、自身が育てた山田錦を使った日本酒造りにもチャレンジ。杜氏協力のもと、全工程に携わり、仕上げたお酒。その名も「朝倉」。精米歩合48%まで磨き上げた純米大吟醸です。

特に大変だったのは、味わいに影響する「磨き」。山田錦は中心部にある“心白”が大きく、麹を作りやすいと言われていますが、実は割れやすくとてもデリケート。厳選した無農薬の山田錦をストップウォッチ片手に極限まで磨き上げ、低温で長期醗酵させ、醸しています。

搾ったままの原酒を氷温にて貯蔵した後、瓶詰の際加熱殺菌した生貯蔵酒は、自然の豊かな恵みそのもの。ふくよかな香りを醸し出し、口に含むとすっと溶けるように滑らかです。

「自分が作った米が酒になるっちゅうことは嬉しい。名刺代わりにして周りの人に自慢しよるよ。お酒づくりでいろんなこと覚えて、よか経験をしとるね」と喜びもひとしお。

丹精込めて仕上げた樋口さんの「朝倉」は、現在一般販売はしていませんが、「ふるさと納税」として地域経済活性化にも一役担っています。

米作りから精米工場の運営、日本酒作りまで、朝倉市の日本酒文化を支える樋口さん。そのさまざまな取り組みの背景には、2012年九州北部豪雨がありました。九州北部豪雨で特に甚大な被害を受けた黒川地区。その被害を目の当たりにした樋口さんは地域復興のため「この地区の田んぼ全部で山田錦を作る」と決意。被害を受けた水田を借り上げ、「山田錦の里を作りたい」という信念のもと、山田錦の栽培を広げる取り組みを始めました。「今、田んぼが綺麗に出来上がってきているところ」と意気込みます。

今後は黒川地区活性化のために、地域の人が集まるイベントを開きたいそう。「イベントにみんなを呼んで、このお酒を渡したい」と夢を語ってくれました。

 

日常的に日本酒が親しまれるようになった今、引退した米農家の田んぼを借りて、山田錦の栽培を始める新たな世代の生産者も増えているそう。時代の流れとともに、今後は精米工場の施設も拡大予定です。

そんなハツラツとした樋口さんの元気の源は、朝昼晩ご飯を食べること。そして肉を食べること。「特に気を使うことはないけどね。ただ用心のために医者にはよう行くようになりました。検査だけはしておく。もうそれだけ」。これまでもこれからも農業を守り、地域を盛んにする取り組みは、まだまだ続きます。

2024.03.20
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